旅好きな高齢者です。紅葉、お花見、寺社巡りなど全国各地へのドライブ旅行を楽しんでいます。今回は、幼少時からこれまで、あちこち訪ねた旅行のなかで、思い出に残るものを写真を添えて旅の思い出としてまとめてみました。
旅好きの方、また旅に出たい気持ちはあるが、体力的に遠出が難しくなった高齢者の方にご覧になっていただければ有難く存じます。
リクルーティング
昭和54年から3年間、会社の人事業務を担当した。毎年、夏休みに学校を訪問し、就職担当の先生に合い、採用応募を依頼した。私の担当は、東北地方で、大学は、東北大学化学工学科、秋田大学鉱山学部(現在の国際資源学部)、高校は、米沢工業、秋田工業、由利工業、能代工業であった。
その中で、一番印象に残っているのは能代工業である。秋田駅から奥羽本線で北へ50キロ、途中大潟村の水田地帯を左側に見ながら北上し、東能代駅で五能線に乗り換え、次の能代駅で降りる。学校までは1.5キロをタクシーで行った。

| 秋田県大潟村の水田地帯 |

| 能代駅ホーム(バスケットコートがある) |

| 能代工業高校(現在の能代科学技術高校) |
この学校は当時バスケットのインターハイ優勝校として知られていた。就職担当は、化学工業科主任の館山先生、秋田大学鉱山学部出身の温厚で面倒見のいい先生だった。午後3時過ぎに学校を訪問し、応接室で話をした後、体育館でバスケット部の練習状況を見せてもらった。

| バスケット部の練習風景 |
100人を超える部員が練習をしていた。コートが2面あり、1面で練習試合をしており、1年生らしい生徒がコートを囲み試合を観戦していた。全員その場ドリブルの練習をしながらの観戦だった。
インターハイで優勝するような学校は、時間をフルに活用し、効率的な練習をしているのだ。当時の監督は、同校OBで日体大を出たあと監督として戻ってきた加藤廣志氏で、その後何年か連続優勝の成果を上げた。
訪問の帰り、先生の誘いで一緒することになった。先生の自宅は秋田市で、電車で通っていた。東能代駅のホームで電車を待っている間、一寸姿が見えないと思ったら、売店でカップ酒とつまみを買っていた。電車に向かい合わせで座り、カップ酒をご馳走になりながら、地元の話をいろいろ伺った。先生は、秋田駅の一つ手前の土崎で降りる予定であったが、話が弾み、私の方から秋田の駅前あたりで食事でもいかがですかと話したところ快諾してくれ、秋田駅付近の居酒屋で、秋田名物のきりたんぽ鍋を食べながら酒を酌み交わした。

| 東能代駅ホーム |

| 秋田駅付近の居酒屋 |
その翌年の秋、先生は教え子の就職先企業を廻ることになり、当社にも来てくれた。姉ヶ崎駅近くの旅館を予約し、その宿で教え子6人を呼んで先生を囲む会を設定した。地元同士が方言で楽しそうに話していた。先生は、大変喜んでくれた。教え子の話を聞き、会社を評価してくれたのか、その後、毎年卒業生を紹介してくれた。
次回は、旅の思い出 その15江田島 を予定しています。
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尾関 伸介 への返信 コメントをキャンセル