旅の思い出 その6 水泳訓練

旅好きな高齢者です。紅葉、お花見、寺社巡りなど全国各地へのドライブ旅行を楽しんでいます。今回は、幼少時からこれまで、あちこち訪ねた旅行のなかで、思い出に残るものを写真を添えて旅の思い出としてまとめてみました。

旅好きの方、また旅に出たい気持ちはあるが、体力的に遠出が難しくなった高齢者の方にご覧になっていただければ有難く存じます。

阿字ヶ浦海岸

昭和33年4月に少年自衛官として茨城県阿見町にある陸上自衛隊武器学校に第4期武器生徒として入隊した。武器生徒は、陸上自衛隊が装備する戦車、装甲車、大砲、高射砲、射撃統制レーダー、弾薬などの各種武器を整備する技術者を養成する4年間のコースで、コース修了後は下士官(3等陸曹)として、全国の部隊に配置される。

阿見町の駐屯地は、昔の海軍予科練習生(通称予科練)を養成した霞ケ浦海軍航空隊の跡地であり、当時の建物では、学校本部、幹部宿舎、木造教室など旧海軍の施設がそのまま残っており、使用された。

武器学校本部庁舎

生徒課程は、毎年夏になると、水泳訓練が行われた。校内にある旧霞ケ浦航空隊で使用されていた、飛び込み台付きの50メートルプールで、各種泳法や飛び込みを習った。教官は、予科練出身の初級幹部(2等陸尉)だった。潜水訓練で、愛媛県出身の友人が、潜ったまま50メートルで折り返し、さらに10メートルほどのところで頭を出したのには驚いた。また、宮城県出身の友人が、高さ5メートルの飛び込み台からどうしても飛び下りることができず、教官と一緒になって飛び下りさせられた。

飛び込み台のあるプール

夏に2泊3日の海水浴訓練があった。1年時の夏は、阿字ヶ浦海岸であった。背嚢の外側に野外天幕を括り付け、下着、海水パンツ、日用品を収納して肩に担ぎ、鉄製の水筒を肩にかけ、ヘルメットをかぶって出発した。

1年、2年合同で総勢160人が参加した。土浦駅で常磐線に乗って北上し、勝田駅で降り、那珂湊線(現在のひたちなか海浜鉄道)に乗り換え、終点の阿字ヶ浦駅で下車した。

阿字ヶ浦駅
阿字ヶ浦海岸
2人用のテント

海岸の砂浜まで一列に並んで徒歩行進し、宿営地に到着した。宿営地は、海岸から50メートルほどの砂浜。一時休憩した後、早速テントを張った。テントは、天幕2枚を併せて、2人用のテントとなる。2本の支柱を立てて、四方を鉄棒の杭で固定する。中には、荷物車両で持参した2枚のむしろを敷き、その上に毛布を敷く。広い海岸の砂場に、80張りのテントが、縦横等間隔で長方形を作る。壮観だ。夜は、寝袋に入って寝る。

教官、助教グループは、10人程度が入る大型テントで、組み立て用のシートの寝台を利用する。簡易テーブル、椅子があり、発電機で電球も灯る。食事は、学校の糧食班が、食材、炊飯器、調理器具を持ち込み、野外炊き出しを行う。給水車を持ち込み、調理用、洗面所用の水を準備する。

到着した時から空はどんよりしており、天気予報も、小雨続きであった。予報通り、小雨続きで、風も強く、海は荒れて白波を立てており、とても海に入れる状況になかった。テントを張ってから2日間、ゴーゴーと鳴る波の音を身近に聞きながら、テントの中で過ごすキャンプ生活に終わった。

安房小湊内浦海岸

2年の時の水泳訓練は、千葉県鴨川市にあった小湊小学校の体育館を宿舎とし、安房小湊内浦海岸で行われた。小湊小学校は、2019年天津小学校と統合され、現在天津小湊小学校として別の場所にある。

土浦駅から常磐線で安孫子駅まで行き、我孫子駅で成田線に乗り換え成田へ、成田で成田線に乗り換え佐倉へ、佐倉から総武本線で成東、次いで東金線、外房線を通って安房小湊駅で下車。

安房小湊駅

駅から小湊小学校まで300メートルの道路を総勢160人が集団となり歩いて行った。学校は内浦海岸の近くにあった。体育館の床一杯に、160枚のベッド(スプリング入りマット)を並べ、毛布を敷いて寝た。

ここ内浦海岸は、前年の阿字ヶ浦海岸と反対に太陽がギラギラする真夏日が続き、海岸に出て、午前と午後に2回泳いだ。

内浦海岸

2日目は、チャーターした漁船が先導して約4キロの遠泳をやった。海岸の南側に小湊漁港があり、漁船が停泊していた。海岸に沿って陸路を1キロほど歩くと日蓮上人が開いた誕生寺があり、お参りした。

3日間ではあるが、強い日差しを浴びたので背中は真っ赤になり、帰途、背嚢を担ぐと背中がひりひりと痛みを感じた。当時日焼け止めのようなクリームはなかった。

誕生寺山門

次回は、旅の思い出 その7 北海道旅行をを予定しています。

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コメント

“旅の思い出 その6 水泳訓練”. への2件のフィードバック

  1. 尾関 伸介 のアバター
    尾関 伸介

    茨城県阿見町にある陸上自衛隊武器学校には、私も武器科BOCのときに在学しました。戦車の操縦体験や、自動車エンジンの分解・組み立て等、想い出の多い学生生活でした。予科練のあった学校で、尊兄と同じく学んだのですね。水泳訓練など、今回の訓練の体験記録を興味深く拝読させていただきました。いつもありがとうございます。尾関伸介

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  2. 鬼沢勲 のアバター
    鬼沢勲

    坊主頭の少年時に鍛えられ、基礎体力が付いたことが、その後の人生に役立ちました。同期の結束は固く、本年5月、名古屋に集まり、同期会をやることになっています。昭和43年(1968年)、校内に予科練OBの手によって予科練を記念する雄翔館、雄翔園(庭園)が設置されました。また平成22年(2010年)、隣接する校外に阿見町によって予科練平和記念館が設置され、両施設で多くの見学者を集めています。

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