旅の思い出 その1 ディーゼルカー

旅好きな高齢者です。紅葉、お花見、寺社巡りなど全国各地へのドライブ旅行を楽しんでいます。今回は、幼少時からこれまでの間、あちこち訪ねた旅のなかで、印象に残っているものを旅の思い出としてまとめてみました。

旅好きの方、また旅に出たい気持ちはあるが、体力的に遠出が難しくなった高齢者の方にご覧になっていただければ有難く存じます。

ディーゼルカー

 終戦直後の昭和22年、小学校に入る1年前の11月、近くを走る2両連結のディーゼルカーに乗った。父に連れられて、冬の衣類(メリヤスシャツ、足袋)を買うため自宅から20キロほどのところにある石岡町(現在の茨城県石岡市)の呉服店に行った。呉服店ならそんなに遠くまで行かなくても、近くにある鉾田町(現在の鉾田市)にある呉服店でよかったはずだ。何か訳があったのだろう。  

想像するに、当時は、終戦直後で食糧事情がひっ迫しており、コメは配給制度がとられていたので、コメと引き換えに衣料品を買ったのではないか。当時、物々交換と言っていた。コメの配給制度を維持するため、闇ゴメは法律で禁じられていたので、違法行為であるが、当時よく行われていた。石岡の呉服店は、内々に物々交換をやっていることが伝わっていたのであろう。

我が家は、当時家族8人(祖父母、父母、兄2人、私、妹)の中農家で、水田5反、畑1町歩(10反)で、米、麦、サツマイモ、落花生などを作っていた。米は、農協を通じて供出しても、家族で消費するほかに少しの余裕があったので使ったようだ。コメ1俵(60㎏)700円の時代の話だ。朝早く家を出て、自宅の横を流れて北浦に注ぐ巴川の堤防の歩道を歩き、3キロ下流にある巴川駅まで行った。同駅で上り石岡行のディーゼルカーに乗り、西方20キロにある終点、石岡駅で下り、駅近くの商店街にある呉服店を訪ねた。石岡駅は、常磐線で上野につながっており、商店街は、戦争の被害を受けることもなく賑わっていた。

巴川
巴川駅
ディーゼルカー(背景は霞ケ浦と筑波山)
石岡駅
石岡の商店街

石岡駅から東方27キロの鉾田駅まで鹿島参宮鉄道が通っており、単線軌道を2両編成の気動車(ディーゼルカー)が走っていた。畑が続く田園地帯、水田地帯、遠くに見える霞ケ浦、筑波山など車窓から見る景色の変化に夢中になったのを覚えている。巴川駅から石岡駅まで12の駅があったが、停止する度に駅名表示板を凝視し、その駅名を覚えようとした。家に帰った時には、すべての駅名を暗記しており、家族をびっくりさせた。この鉄道は、2007年に廃線となったが、不思議なこと、今でもその駅名が記憶に残っている。

次回は、旅の思い出 その2 筑波山登山を予定しています。

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コメント

“旅の思い出 その1 ディーゼルカー”. への4件のフィードバック

  1. 佐藤文彦 のアバター
    佐藤文彦

    この写真はいつ取ったものか気になりました。終戦直後の小学校に上がる前の子供が撮ったものとは思えません。2007年に廃線になったというディーゼルカーの写真もありますのでそれ以前に撮られたものでしょう。どのような機会に撮影されたのだろうかと想像しています。

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  2. 鬼沢勲 のアバター
    鬼沢勲

    いろいろな写真素材を有料で提供している会社がたくさんあります。大手の素材会社との年間契約で自由に使用できるようになっています。ITのお陰で、便利になりました。

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  3. 佐藤文彦 のアバター
    佐藤文彦

    そういうカラクリがありましたか。納得です。ありがとうございました。

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  4. 鬼沢勲 のアバター
    鬼沢勲

    素材提供会社は、一般の写真愛好家に素材の提供を求めています。当方も、ここ数年のドライブ旅行や近隣散歩で多量のスポット写真を撮りましたので、投稿してみたいと思っています。

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