旅の思い出 その24 ハワイ

旅好きな高齢者です。紅葉、お花見、寺社巡りなど全国各地へのドライブ旅行を楽しんでいます。今回は、幼少時からこれまで、あちこち訪ねた旅行のなかで、思い出に残るものを写真を添えて旅の思い出としてまとめてみました。

旅好きの方、また旅に出たい気持ちはあるが、体力的に遠出が難しくなった高齢者の方にご覧になっていただければ有難く存じます。

ハワイ

2010年(平成22年)2月12日~18日の間、5泊6日でハワイに行った。2月14日(日)に行なわれた次女の結婚式のためである。

初めてのハワイ旅行であった。ハワイといえば、真珠湾攻撃が頭に浮かぶ。その象徴となる「アリゾナ記念館」を訪ねた。

当日、快晴で風もなく真珠湾は大きな湖のように静かな海面であった。日本軍の奇襲攻撃によって沈没した戦艦アリゾナが沈没したその位置に「アリゾナ記念館」がある。1962年に建設された慰霊施設であり、アメリカ合衆国国立公園局により管理されている。記念館は真っ白な長方形の箱型で、長さは56メートル。記念館の内部は、エントランス、広間、慰霊所に分かれている。慰霊所にある大理石の壁には真珠湾攻撃で戦死した乗組員全員の名前が刻まれている。

2016年、ハワイで開催された日米首脳会談の際に日米両首脳が慰霊所で献花をしている。

アリゾナ記念館は、海上にあるため、訪問客はまずビジネスセンターを訪れ、そこから専用ボートで記念館へ渡る。ボートに乗る前にセンター内の劇場で当時の記録映画を観る。上映時間は20分程度。内容は、当時の世界情勢、戦争に至る経緯から始まり、日本軍の戦闘機、爆撃機が飛来し戦艦を攻撃し、沈没する場面である。

日本軍を一方的に悪者扱いするようなものでなく、事実を公平かつ客観的に扱っていた。多くの見学客が来ていたが、日本人の姿は見かけなかった。

真珠湾(手前中央は戦艦ミズーリ艦、左にあるのがアリゾナ記念館)
アリゾナ記念館
アリゾナ記念館に向かうボート
安倍首相、オバマ大統領がアリゾナ記念館で犠牲者に献花(2016年12月27日)

その後、バスに乗ってミズーリ号が停泊している場所に行き、艦内を見て回った。ミズーリ号は1945年(昭和20年)9月2日、東京湾に停泊している艦上において、マーカーサー元帥が率いる連合国軍と重光全権率いる日本政府代表との間で降伏文書の調印式が行われたことで知られている。

戦艦ミズーリ記念艦
降伏文書調印式

 

戦艦ミズーリ記念艦
降伏文書調印式が行われた位置

ミズーリ号は、1944年(昭和19年)6月にアメリカ海軍最後の戦艦として就役し、太平洋を中心に活動した。1945年2月の硫黄島上陸作戦、4月の沖縄上陸作戦に参加し砲撃を行っている。沖縄作戦では、特攻隊の戦闘機による攻撃を受け、右舷甲板部を破損している。 

戦後、1950年9月に朝鮮戦争の仁川上陸を支援した。

1955年2月に退役し、じ後30年休息状態に入る。1984年~1986年、服役が決まり、改修工事により、副砲塔を取り外し、トマホーク巡航ミサイルの発射機を装備した。

1991年に湾岸戦争に出動し、トマホーク巡航ミサイルを発射、また主砲による砲撃で海兵隊の上陸を援護した。

1992年退役。

1999年(平成11年)1月、「戦艦ミズーリ記念艦」として一般公開開始。 

ミズーリ号は、アメリカ最後の戦艦として、各地の戦場で活躍した海軍のシンボル艦なのだ。パールハーバーで貴重な戦跡に触れることができ有意義な1日であった。

次回は、旅の思い出 その25 瑞巌寺 を予定しています。

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