旅好きな高齢者です。紅葉、お花見、寺社巡りなど全国各地へのドライブ旅行を楽しんでいます。今回は、幼少時からこれまで、あちこち訪ねた旅行のなかで、思い出に残るものを写真を添えて旅の思い出としてまとめてみました。
旅好きの方、また旅に出たい気持ちはあるが、体力的に遠出が難しくなった高齢者の方にご覧になっていただければ有難く存じます。
家族旅行
昭和49年4月、自衛隊を退職し石油精製会社に入った。会社は、東京駅近くの大手町、住まいは南浦和で京浜東北線で通った。車は、いすゞベレットからトヨタのセリカに買い替えた。

| トヨタセリカ |
翌年から子供の夏休みに毎年家族で2泊3日の旅行に出かけた。行く先は、上司で三井物産の石油部から出向で来ていたT課長の計らいで、三井物産が厚生施設として持っている各地の保養所などの宿泊施設で、割安で利用させてもらった。
昭和50年は日光の霧降高原にあるバンガローに泊まって、中禅寺湖、戦場ヶ原、光徳牧場などへ行った。長女が5歳、次女が2歳の時で、義母も一緒だった。義母は典型的な「わしも族」で家族旅行はいつも一緒だった。ついでに日光の花石町に住んでいる親戚(家内の従姉)を訪ねた。

| バンガロー |

| 中禅寺湖 |

| 戦場ヶ原 |

| 光徳牧場 |
昭和51年は元箱根の保養所に泊まって、富士五湖巡り、白糸の滝、芦ノ湖遊覧船、駒ヶ岳ロープウェイ、彫刻の森美術館、ポーラ美術館などへ行った。

| 芦ノ湖遊覧船 |

| 駒ヶ岳ロープウェイ |
ついでに昭和45年~46年にかけて8カ月の間、AOC(幹部上級課程)で富士学校に通っている時に住んでいた御殿場の貸家へ行ってみた。当時隣に住んでいたタクシー運転手の奥さんと5年ぶりに再会した。長女の成長に驚いていた。当時、長女は1歳であった。昭和46年の年賀状の絵は、ゴム版画で富士山をバックに、家内が長女の乳母車を押している光景であった。家内はミニスカートでハンドバックを提げている。ヤレ(印刷失敗作)が古い住所録に貼ってあり、残っていた。空気が澄んだ冬の朝には、この貸家から富士山の全景を見ることができた。
昭和52年は軽井沢の保養所に泊まった。国道17号線を北上して、渋川から中之条、長野原を経て草津、志賀高原を通り、長野の善光寺へ。長野から国道18号線(北国街道)を南下して軽井沢に入った。軽井沢では、駅商店街でのショッピング、浅間山の写生のほか、千ヶ滝へ行った。

| 善光寺 |

| 浅間山 |
昭和53年は神戸に行った。朝早く家を出て、渋滞する前に都心を抜け、東名、名神を走り、夕刻に神戸に着いた。六甲の保養所に泊まり、北野の異人館、麻耶山からの夜景見物、六甲山牧場などへ行った。

| 北野異人館 |
帰途、宝塚に立ち寄り、宝塚音楽学校を見学した。また京都の龍安寺を訪ね、石庭を見学した。石庭には多くの外人観光客が来ていた。

| 宝塚音楽学校 |

| 龍安寺石庭 |
昭和54年は白樺湖のほとりにある藁屋根の保養所に泊まった。八島ヶ原湿原、美ヶ原高原、松本城、諏訪大社、諏訪湖にある北沢美術館へ行った。

| 八島ヶ原湿原 |
平成12年10月に蓼科高原にあるバラクライングリッシュガーデンに長女と3人で日帰りドライブに行った折、ついでに白樺湖まで足を延ばした。湖のほとりにはリゾートマンションが建ち並び、昔(21年前)の景観とは異なっていた。

| 白樺湖 |
次回は旅の思い出その14リクルーティング を予定しています。
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